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作っていない私がこの題名で書くのもなんですが、
横で見ている者の方がわかる、ということもあるでしょう?

聡美が一切の手抜きをせず、毎回全力でお料理をお出ししているのには理由があります。

そのうちのひとつを、今日はお話します。

うちで使っている食材は、野菜も穀物も肉も魚も卵もお茶類も味噌も醤油も酒も塩もその他すべてについて、聡美独特の観点に立って厳選しています。

選ぶ視点として、生産者が経済性に絡め取られず、うちと同様に肥料や餌や原材料について厳しい態度で選び、召し上がって下さる消費者の方々の健康と、野菜や動物や菌類の健康を同義として捉え、本当に全身全霊でその食材の生産に携わっているということが重要です。

一口で有機栽培、自然農法と言っても、今日思い立って明日からできるというものではなく、長い途方も無い苦労の結果、ようやく販売できるレベルの野菜が作れるわけです。

りんごの無農薬無肥料栽培に日本ではじめて成功した木村さんという方が、8年間ひとつの実もならず9年目にしてようやっと一個のりんごを収穫した、というのは有名な話です。

以前見学に行った朝霧の牧場では、牛が走っていました。しかも笑いながら!
良い環境で育てられているので、人懐こく寄ってきます。いわゆる牛歩というのを初めて見ましたが、一歩一歩慎重に、けれど間違いなく私に興味を持って、500kgはあるかというホルスタインが30頭ほど歩み寄ってくるのです。健康で幸せな牛でなければ美味しくしかもからだに良い乳は出してくれない。そういう生産者の方の信念が伝わってくるような体験でした。

第三世界の生産物を、きちんと産地の人たちにも利益がまわるような流通方法で輸入しているpeople treeのような業者も応援してきました。大手の商社と競合するわけですから、強い信念がなくてはできません。

やまゆり生協は土壌の放射線量の無料測定サービスを行っています。
大磯でも間違いなくセシウムは降り積もっており、眼に見えなくても気を抜けないことがよくわかりました。


ことほどさように生産、流通にあたる方々のひとかたならぬ苦労があって、はじめて桃の家のお料理はあるのです。

だから聡美には、その最前線に立って、そういう皆さんを代表してお客様にお料理をお出ししているという気持ちを持って仕事に臨んでいるのでしょう。

だからどうしても手を抜くことができません。

今も娘とふたり、台所でとんとんとんと音を立てています。

この音をここで聞くのも、あと何回か。

何度喧嘩をしても、聡美のそういう姿を見てしまうとどうしても尊敬せずにはいられません。


今日は食材を作ってくださる方々に焦点をあててお話ししました。

次回はお客様に焦点をあてて。

どうぞお楽しみに。野尻記
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by momonoyaoiso | 2015-12-17 19:00 | 日記
『我が生涯に一片の悔い無し』

かの有名な漫画「北斗の拳」のラオウ昇天の時の言葉です。

地上最強を賭けた弟ケンシロウとの戦いに敗れ、ラオウは冒頭の言葉を吐いて死んでいくのです。
この日記を読んでくださる方々には全然わからない状況だと思われますが、私などはこのシーンを涙なしで観ることはできない、まあそういった日本の漫画史上に残る1シーンであることは間違いありません。

彼らは戦闘者として文字通り死力を尽くして戦ったわけで、そこが読む者に無上の感動を与えるわけです。




漫画と一緒にするな、と言われること請け合いですが、、、。

全身全霊を尽くして生きることを整体では『全生』といいます。

『溌剌と生くる者にのみ深い眠りがある。
生ききった者にだけ安らかな死がある。』

生を全うする、という意味で野口先生が仰った言葉です。


整体には色々な素晴らしい智恵や言葉がありますが、この全生というのは体現すべき究極の生き様であって、仏教で言えば悟り、キリスト教で言えばアガペー、安倍総理ならば改憲(笑)みたいなものと言ったら差支えがありましょうか。

なにしろ究極、ですから、私などがどんな言葉で表現してみたところで差支えだらけに決まっています。そうなればもうこっちのものなんで、反対に気が楽ってもんです。はっはっはーだ。




だけど、一言で全生などと言うけれど、私は全生してますなどと言える人っているでしょうか。

なかなかこれだけは本当、と言えることって少ないけれど、この件に関して『私は言えない』と、
これだけは間違いなく言えてしまいます。

ここまで55年間生きてきてなにかひとつでも満足のいくことってあるのかなって、大磯の桃の家が幕を閉じる日が刻々と近づいてきた今日この頃、よく考えます。

自分は本の少しでも、全生のかけらでもかじることができたのか。

なにかもぞもぞと動き回ってきたように思うけれど、なにかひとつでもまともにやれたことがあったのか。

考えて、いつもひとつの結論に至ります。

何回考えても同じ結論。

ここまで26年間、聡美と一緒に生きてきたこと。

そして桃の家を営み、あき津と加豆美を育ててきたこと。

これだけは一片の後悔もない。

いつでもどこでも、誰にでも言えるこの事実。

たったひとつだっていいじゃないか。

確かにそう言えるものがあるのだから。

生きていらっしゃったらきっと岡島先生だって褒めてくれたさ。

『野尻君、勘が良かったね』って。

ラオウのように一片の悔い無しとは言えないけれど、私は言える。

『わが生涯に一点だけ、悔い無し』
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by momonoyaoiso | 2015-12-15 18:31 | 日記
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